
スウェットは、ただのカジュアルウェアではなかった。
動きやすさや耐久性といった競技者のための合理性から生まれ、形づくられてきた衣服だ。
1876年創業のA.G.SPALDING&BROSは、スポーツ用品メーカーとしての歩みと並行して現代につながるスウェットの構造やディテールを定義してきた存在である。
本特集では、A.G.SPALDING&BROSが築いてきたスウェットの背景と日本で実名復刻されたプロダクトの魅力を改めて掘り下げていく。
アルバート・グッドウィル・スポルディングという人物

アルバート・グッドウィル・スポルディングは、19世紀後半、アメリカでプロスポーツが形を成していく過程の只中にいた人物である。
当時の最高峰リーグであり、現在のメジャーリーグ(MLB)へとつながるナショナルリーグ創設期に投手として活躍し、競技者として第一線を経験したのち、彼はスポーツを「支える側」へと立場を移していく。
スポルディングが向き合ったのは勝敗や記録ではなく、競技が継続して成立するための条件だった。
ルールの整備、運営の仕組み、そして用具の品質と規格。
ばらつきのあった用具を標準化し、誰もが同じ条件で競技できる環境を整えることに彼は強い価値を見出していた。

1870年代に事業を立ち上げたA.G.SPALDING&BROSは、野球用具を起点に事業を拡大していく。
1877年には野球の公式球開発に関与し、競技用具の基準づくりに携わった。
さらにアメリカンフットボールやバスケットボールといった新しい競技の普及期にも深く関わり、1890年代にはバスケットボールの考案者ジェームズ・ネイスミス博士の依頼を受け、競技専用ボールの開発を担っている。
バレーボールをはじめとする室内競技においても、競技特性に合わせた用具開発を進め、スポルディングの名は複数の競技で「標準」を意味する存在となっていった。
A.G.SPALDING&BROSは単なる用品メーカーではなく、スポーツが成立し、定着していくための基盤づくりに深く関与した存在だった。
スポルディングは、ロマンを語る人物ではない。
競技者として得た現場感覚をもとに、スポーツを一過性のものではなく、社会に根づく文化として成立させるために行動した実務家だった。
競技を支えるための、もう一つの選択
競技が制度として整い、用具の標準化が進むにつれて、スポルディングの関心は次第に別の領域へと向かっていく。
それは、競技者の身体そのものだった。
どれほどルールや用具が整っても、実際にプレーするのは人間である。
当時のスポーツシーンでは競技用の衣服はいまだ発展途上にあり、ウール素材を中心とした装いは動きやすさや快適さの面で多くの制約を抱えていた。
A.G.SPALDING&BROSは、こうした課題を競技の現場から捉え直す。
激しい動きに追従し、汗をかき、繰り返し着用されることを前提とした衣服。
単なるユニフォームではなく、競技者が安全に、そして集中してプレーするための「道具」としてのスポーツウェアが求められていた。
1920年代に入ると、同社はアスレチックウェアの開発にも本格的に取り組み始める。
用具と同じく、重要視されたのは合理性と再現性。
動きを妨げない構造、耐久性、そして日常的な使用に耐える実用性。
そこにはスポルディングが用具開発で培ってきた思想が、そのまま反映されていた。
スポーツウェアは装いではなく機能である。
A.G.SPALDING&BROSがこの領域に踏み込んだのは、競技を支えるために避けては通れない必然だった。

19世紀末、A.G.SPALDING&BROSのカタログには、フットボール用の防具や衣服が既に体系的に掲載されていた。
ウールからコットンへ── アスレチックウェアの転換点

1920年代のA.G.SPALDING&BROSのカタログには、既にコットン素材のスウェットが掲載されている。
この時代はアスレチックウェアがウールからコットンへと移行していく過渡期にあたり、素材選択そのものが競技環境の変化を映し出していた。
当時、スポーツウェアの主流は依然としてウールだった。
保温性に優れる一方で、重量があり、汗を含むと乾きにくい。
激しい動きを伴う競技においては、必ずしも理想的な素材とは言い切れなかった。

写真の絵は1900年代初頭の大学フットボール選手を描いたカラーカード。当時、プリンストンをはじめとするアイビーリーグの名門大学では、A.G. SPALDING & BROS をはじめとするスポーツ用品メーカーがフットボールウェアの製作を担っていた時代背景がある。
この頃の競技用ウェアは、まだウール素材のニットが主流だった。
その中でA.G.SPALDING&BROSがコットンに着目した点は特筆すべきである。
伸縮性、吸水性、肌当たりの良さ。
いずれもスポーツウェアとして重要な要素であり、さらに洗濯耐性の高さは日常的な使用を前提とする競技者にとって大きな利点だった。
また、アメリカという土地柄を考えれば羊毛よりも綿のほうが安定して入手しやすく、コスト面でも合理的だったと考えられる。
競技者の快適性と、企業としての現実的な判断。
コットンという選択は、その両立を図った結果だった。
ウールに対する唯一の弱点である保温性についても、裏毛生地を起毛させることで補われていった。
1920年代のカタログに掲載されたスウェットには既に裏起毛仕様が描かれており、汗を吸いながら身体を冷やしにくい構造が意識されていたことがうかがえる。
素材、構造、そして用途。
これらが噛み合ったところに、後に「スウェット」と呼ばれる衣服の原型が姿を現していった。
A.G.SPALDING&BROSのスウェットは流行から生まれたものではなく、競技の現場と合理性の積み重ねによって形づくられた存在だった。

カタログに掲載されていた、1920年代から30年代頃のトレーニングシャツ。
前後にV字型のガゼットを備えた、いわゆる「両V」仕様のトレーニングウェアだ。
特筆すべきは、素材構成に当時ならではの過渡期的な特徴が見られる点だ。
スウェットは通常、表糸・中糸・裏糸から成る三層構造で編まれるが、この個体では中糸、もしくは裏糸にウールが用いられていると考えられる。
表地はコットンを主体としながら、裏面にはウール由来と思われる起毛感が確認でき、ウールからコットンへと移行していく初期段階のスウェットであったことがうかがえる。
この仕様を見ると、この年代のコットンスウェットが、なぜ裏毛を必ず起毛させていたのかも理解できる。
ウールに比べて保温性に劣るコットン素材を起毛によって補い、汗を吸いながら身体を冷やしにくい構造を成立させていたのだ。
さらに、袖口にはV字状に切り替えられたリブ構造が採用されている。
これはA.G.SPALDING&BROSのトレーニングウェアにしばしば見られる、特徴的な意匠のひとつである。
素材、構造、そして用途。
それぞれが試行錯誤の只中にあった時代の空気を、そのまま伝える貴重な資料と言える。



カタログを読み解くと、この時代のA.G.SPALDING & BROSのスウェットは1.75ドルという当時としてはかなり高額な価格設定で販売されていたことがわかる。
同年代の他社カタログを見渡すと、ウール製のアンダーウェアは1ドルを下回る価格帯が一般的であり、この差は素材や縫製といった単純な要素だけでは説明しきれない。
そこにはブランドが想定していた使用者や立ち位置の違いが色濃く反映されている。
当時、A.G.SPALDING & BROSのウェアを身にまとってスポーツをしていたのは東海岸の名門校に通う学生や、競技の最前線に立つ限られたアスリートたちだったと考えるのが自然だろう。
野球をはじめとするアメリカの主要競技と深く関わり、国を代表する選手の装備を担っていた同社のウェアは実用性と同時に、競技における“最先端”を体現する存在でもあった。
国の威信を背負う舞台で選ばれる装備が、その時代における最良の選択であることは、今も昔も変わらない。
価格の高さは単なる贅沢さの表れではなく、当時のアメリカにおいてA.G.SPALDING & BROSがアスレチックウェアの分野で特別な位置にあったことを示すひとつの指標と言える。
より過酷な環境に対応するため生まれた、独自のディテール
コットン素材を用いたスウェットが成立した後、A.G.SPALDING & BROSは、それをさらに過酷な環境へ対応させる必要に迫られていった。
屋外競技や寒冷地でのトレーニング、長時間におよぶウォーミングアップ。
そうした条件に応えるために生まれたのが、ダブルフェイス構造を採用したサイドラインパーカである。



通称「ボクシンググローブポケット」と呼ばれる、独特な形状のポケットを備えたダブルフェイス仕様のパーカ。
当時のカタログでは「サイドラインパーカ」と表記されていたモデルである。
このポケットは単なるハンドウォーマーではなく、内側にアクセスできるスリットを併設した構造となっており、着用したままインナーに手を入れられるよう設計されている。
その原型は1920年代に既に存在していたが、当初はポケットのない仕様で、1935年頃から現在知られるポケット付きのデザインへと移行したと考えられている。
ダブルフェイス構造による高い保温性に加え、クルーネック型のスウェットに比べて全体の作りが大きく、いわば当時の「ベンチウォーマー」に近い役割を担っていたウェアと言える。
腹部に設けられたポケットも、試合の合間や待機中に選手の手を寒さから守ることを目的として生まれたものだった。
カンガルーポケットやセパレートポケットは他社のウェアにも見られるが、このボクシンググローブ型のポケットはA.G.SPALDING & BROSを象徴する独自の意匠である。
手の差し込み口をあえて狭く設計することで、外気の侵入を抑え、少しでも保温性を高めようとした工夫がうかがえる。
この時代のアメリカ製プロダクトは、まだ大量生産を前提とした設計思想が確立されておらず、複雑で手の込んだ構造が随所に見られる。
A.G.SPALDING & BROSのウェアは、その傾向がとりわけ顕著だ。
なかでも秀逸なのがネックまわりの構造である。
クロスネック仕様に加え、耐久性と伸縮性を確保するため、表裏の両面からロックミシンによるダブルステッチが施されており、激しい動きや着脱を繰り返しても型崩れしにくい作りとなっている。
見れば見るほど、競技の現場で求められた機能を妥協なく形にしようとした姿勢が伝わってくる。
A.G.SPALDING & BROSのサイドラインパーカは、合理性と手仕事が同居していた時代を象徴する一着である。
なぜA.G.SPALDING & BROSのスウェットは特別なのか
A.G.SPALDING & BROSのスウェットは、誰かに見せるための服として生まれたものではない。
競技の現場で求められた機能を、素材と構造によってひとつずつ解決していった結果として形づくられた衣服である。
ウールからコットンへの移行、裏毛の起毛による保温性の補完、動きを妨げないためのガゼットやリブ構造。
さらに、寒冷地や屋外競技に対応するために生まれたダブルフェイス構造のサイドラインパーカー。
これらはいずれも流行ではなく、時代ごとの課題に対する合理的な選択の積み重ねだった。
当時としては高額だった価格設定や、限られた競技者に向けて供給されていた事実も、このスウェットが特別な存在だったことを裏付けている。
それは贅沢さのためではなく、最先端の機能を実現するために必要な必然だった。
A.G.SPALDING & BROSのスウェットは、過去の遺物ではない。
競技と真摯に向き合い続けた結果として生まれ、今なお評価され続けている、ひとつの到達点なのである。
現代に受け継がれる、A.G.SPALDING & BROSのスウェット

長い歴史を持つA.G.SPALDING & BROSのスウェットは、単なる過去の遺産として語られてきたわけではない。
2017年、A.G.SPALDING & BROSは日本において実名復刻を果たす。
それは過去の意匠を表層的になぞるための復刻ではなく、当時の思想や構造を現代の技術で正しく再解釈する試みだった。
和歌山県の旧式吊り編み機によって編まれる裏毛生地、丸胴仕様や筒リブといったクラシックな構造。
いずれも効率や量産性よりも、着心地と耐久性を優先するという考え方に基づいて選ばれている。
復刻モデルにおいて重視されたのは、「なぜ、この形なのか」という問いへの誠実な回答だった。
素材、構造、縫製。
そのひとつひとつが、競技の現場から生まれた必然であることを現代のプロダクトとして改めて証明している。
素材選択から読み解く復刻
復刻にあたって、A.G.SPALDING & BROSがまず向き合ったのが「生地」だった。
和歌山県に現存する旧式の吊り編み機によって編み立てられる裏毛生地は、生産効率だけを考えれば決して合理的とは言えない選択である。

吊り編みは糸に余計なテンションをかけず、空気を含ませながらゆっくりと編み上げていく製法だ。
そのため生地は最初からふっくらとした膨らみを持ち、柔らかく、身体に自然と沿うような着心地に仕上がる。


新品の状態でも硬さはなく、袖を通した瞬間から肌当たりの良さと軽やかさを実感できる。
これは競技の現場で求められてきた「長時間着てもストレスにならない」という条件に対する、極めて正直な回答と言える。
当時の思想をなぞるのであれば、生地もまた同じ考え方で選ばれるべきだった。
ディテールを説明しないということ
トレーニングシャツとサイドラインパーカーに見られるディテールは、既にヴィンテージの文脈の中で十分に語られてきた。
それらは装飾ではなく、競技の現場から必然的に導き出された構造であり、理由を知れば形は自ずと理解できる。
復刻にあたって重視されたのは、そうしたディテールを過不足なく引き継ぐことだった。
サイドラインパーカーには、ヴィンテージと同様に高い保温性を備えたダブルフェイス仕様も存在する。
一方で同じ意匠を持ちながら、日常での着用を想定したシングル仕様も展開されている。
用途や環境に応じて仕様を選べること自体が、このモデルが本来持っていた合理性の延長線上にある考え方だ。
どちらかが正解というわけではなく、目的に応じて最適化された選択肢が用意されている。
トレーニングシャツも同様に軽さと可動性を軸とした構造を保ちながら、現代の生活の中で無理なく機能する一着として位置づけられている。
A.G.SPALDING & BROSの復刻は、ディテールを誇示するためのものではない。
ディテールが生まれた理由を理解し、今の環境に合わせて選び取れる形で提示することに、その本質がある。
MOONLOIDが展開する、A.G.SPALDING & BROSのスウェット

TRAINING SHIRTS
¥25,850(税込)
1930年代のトレーニングシャツを原型にした、A.G. SPALDING & BROSの定番スウェット。
吊り編み裏毛による柔らかな着心地と、丸胴仕立てならではのストレスの少なさが魅力。
両Vガゼットや変形リブなど、当時の機能的ディテールを踏襲しつつ、シンプルで着回しやすい一枚にまとめている。
インナーにも一枚着にも対応する、汎用性の高いモデル。

SIDE-LINE PARKA SINGLE
¥30,800(税込)
A.G. SPALDING & BROSを象徴するサイドラインパーカーを、現代的なシングル仕様で再構築。
吊り編み裏毛ならではのふっくらとした着心地と、軽快な着用感が特徴。
グローブポケットやクロスネックといった、アスレチックウェア由来の構造を随所に残しながら、日常で扱いやすいバランスに仕上げている。
長く愛着を持って付き合える一着。

TRAINING SWEAT PANTS
¥28,600(税込)
1930年代のカタログに掲載されていたトレーニングパンツを起点に再構成したスウェットパンツ。
後ろ身頃には、当時のアスレチックウエアに見られるセパレートポケット仕様を踏襲しており、スウェットパンツとしては珍しいヴィンテージ由来のディテールがさりげなく効いている。
軽さと柔らかさに加え、高い復元力を備えており、膝が出にくく型崩れしにくいのも特徴だ。
股下にはガゼットクロッチを配し、動きに対して無理なく追従する設計に。
日常からリラックスシーンまで、気負わず穿き続けられる一本に仕上がっている。
MOONLOID EXCLUSIVE COLOR
今回の別注カラーは、トレーニングシャツとサイドラインパーカーの2型で展開している。
A.G.SPALDING & BROSのスウェットは、素材や構造の完成度が高く、いわば“定番”として成立している存在だ。
だからこそMOONLOIDでは、その印象を大きく変えることなく、装いの中でふと目を引く色の選択に焦点を当てた。
選んだのはヴィンテージのカレッジスウェットやアスレチックウェアに見られる、当時ならではの色調を手がかりにしたAMBER YELLOWとCERULEANの2色。
落ち着いたスタイルの中に、自然なリズムを生む色合いである。
主張するための色ではなく、着こなしの中で自然な変化として映ること。
ベーシックなスウェットだからこそ、こうしたカラーも無理なく成立する。
A.G.SPALDING & BROSが築いてきた定番性に、今の装いに寄り添う視点を重ねた別注カラーだ。




競技から生まれ、日常へ
A.G.SPALDING & BROSのスウェットは、最初から完成された服ではなかった。
競技の現場で生まれた課題に向き合い、素材を選び、構造を工夫し、少しずつ形を整えてきた結果として存在している。
その積み重ねがトレーニングシャツやサイドラインパーカー、スウェットパンツといった、いま私たちが手に取れるプロダクトにつながっている。
特別に見せるための服ではなく、使い続けることで価値が伝わる服だ。
競技のために生まれ、時代を越えて日常に残ったスウェット。
単なる一過性のものとは違い、理由のある服はこれからも人の暮らしの中に残り続けていく。
fujimori
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